大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和51年(ヨ)22号 決定 1976年4月30日

債権者 平野信行

右代理人弁護士 上崎龍一

債務者 佐賀プロパン株式会社

右代表者代表取締役 福岡日出麿

右代理人弁護士 安永沢太

同 安永宏

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の主張

一  申請の趣旨

債務者が、昭和五一年三月六日開催の取締役会の新株発行に関する決議に基づいて、現に発行手続中の額面普通株式八万株のうち、株主が引受権を有する四万株を除く残り四万株の発行を仮に差止める。

二  申請の理由

1  債権者は、債務者の株式一、五〇〇株の株主である。

2  債務者の取締役会は、昭和五一年三月六日、次のような新株発行に関する決議をなした。

(一) 発行すべき新株の種類および数額面普通株式八万株

(二) 発行価額

一株につき五〇〇円

(三) 新株の払込期日

昭和五一年四月三〇日

(四) 新株八万株のうち、四万株を申請外ブリヂストン液化ガス株式会社(以下、申請外会社という。)に、一株五八〇円の発行価額で引き受けさせる。

3  しかしながら、右取締役会決議に基づく株主以外の者に対する新株発行(以下、本件新株発行という。)は、右決議当時における債務者の株式の適正な価額が、以下に述べるように、一、三八二円を下らないため、株主以外の第三者である申請外会社に対し、特に有利な発行価額をもってする新株発行にあたるから、株主総会の特別決議を経べきところ、これを経ていないので、商法二八〇条の二第二項に違反するものである。すなわち、

(一) 債務者は、非上場会社であるため、その株式価額の評価については、純資産方式、収益還元方式、配当還元方式および類似業種比準方式が考えられるところ、債務者においては、その株主の大半が、債務者の顧客であって、一般の会社と投資家との関係とは異なる特殊な関係にあるため、株主は、会社の拡大発展が将来株主の利益につながるとの信念から、従来、会社の資産拡大を願い、他方、債務者も、株主を顧客として取り扱う方針のもとに営業を行って来たから、債務者の株価算定においては、収益還元方式および配当還元方式はいずれも妥当でなく、さらに、債務者と同業種、同規模の上場会社はなく、規模、業態を異にする会社との比較において株価を算定することも当を得ないから、類似業種比準方式も不適当である。

(二) そこで、債務者の適正な株価を算定するには、純資産方式によるのが最も妥当であるというべきところ、昭和五〇年七月三一日現在における債務者の貸借対照表に基づき、これを算定すれば、債務者の株式の適正な価額は一、三八二円となる(資産四億七、一九二万九、五四七円より負債三億六、一三四万三、八二四円を控除し、これを発行済株式総数八万株で除したもの。なお、右の算定にあたっては、資産および負債につき、いずれも帳簿価額によらず、時価による評価額を基礎とした。)。

4  従って、本件新株発行は、債務者にとって明らかに不利益であるばかりでなく、本件新株発行が実施されれば、現に債権者の保有する株式の価値は大幅に低下し、さらに、その収益価値や配当額の減少を生ずるため、債権者は著しい損害を被ることになる。

5  よって、債権者は、債務者に対し新株発行差止請求の訴えを提起すべく準備中であるが、新株払込期日が前記のとおり目前に迫っており、右期日の徒過により、本件新株発行の効力が生ずれば、新株発行差止請求の本訴は無益に帰することになるから、申請の趣旨記載の仮処分命令を求める。

第二当裁判所の判断

一  債務者の取締役会が、昭和五一年三月六日、額面普通株式八万株を発行し、うち四万株を、一株五八〇円の発行価額により、申請外会社に引き受けさせ、払込期日を昭和五一年四月三〇日とする旨の決議をなしたこと、債権者が債務者の一、五〇〇株の株主であることは、いずれも疎明により明らかである。

二  そこで、右発行価額五八〇円が、商法二八〇条の二第二項にいう「特に有利なる発行価額」であるか否かにつき判断する。

同条にいう「特に有利なる発行価額」とは、通常新株を発行する場合の公正な価額に比較して、特に低い価額をいうと解されるところ、新株の公正な発行価額とは、新株発行により企図される資金調達の目的が達成される限度で、株主にとり最も有利な価額ということができるから、当該新株発行価額が、特に有利なものかどうかは、結局、新株発行の決議当時における当該企業の有する客観的価値をもって形成される株式評価額に比較して、その有利性が明白かつ顕著なものか否かによって決定されるべきこととなる。

これを本件についてみるに、疎明によれば、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる疎明はない。

1  債務者は、液化石油ガスの充填、販売等を目的として、昭和三七年六月二〇日、資本金三〇〇万円で設立された会社であるが、その後四回の増資により、現在の資本金は四、〇〇〇万円であること。

2  債務者は、佐賀県内の燃料小売販売店によって組織されていた佐賀燃料商業協同組合をその前身として設立されたところから、協同組合的性格が強く、現在までの発行済株式総数は、八万株であるが、最大の株主は、一、八〇〇株を保有するに過ぎず、その大部分は、旧協同組合当時の組合員によって占められており、債務者とは顧客の関係にあること。

3  債務者の株式は、非上場、非店頭株式であるため、旧協同組合当時の組合員であった株主間において、昭和四五年ころ、わずかに株式の売買が行われたことがあったにすぎないが、その際の譲渡価額は、五〇〇円ないし五五〇円であったこと。

4  債務者の経営状態は、設立以来、比較的良好で、過去二年間の平均配当率は、一割三分五厘であるが、近時、佐賀県下の石油液化ガス卸売業界において、大規模企業による系列化が進行しつつあるため、業界内部の競争も激化し、過当競争の様相を呈してきたところから、債務者においても、従来の協同組合的性格を改め、その体質を強化し、競争力を増大すべく、最大の取引先メーカーである申請外会社との企業提携を求める方針を決め、その結果、取締役会において本件新株発行を決議するに至ったこと。

5  本件新株発行が実施されると、申請外会社は、総株式の四分の一を保有する最大の株主となり、申請外会社からは、経営参加のため、非常勤の取締役および監査役が各一名程度派遣されることになっていること。

6  申請外会社に対する新株発行価額は、債務者と申請外会社間におけるこれまでの交渉経過において、主に債務者における前記配当率を基礎にして決定されたこと。

7  債務者の資産状態は、昭和五〇年七月三一日の決算時においては、資産総額が四億三、五二八万九、一九七円、負債総額が三億六、五五四万三、八二四円であり、昭和五一年三月三一日の仮決算時においては、資産総額が五億五、八七一万三、三八六円、負債総額が四億八、〇三四万一、九六〇円であること。

以上認定の事実に基づき、本件新株発行決定当時における債務者の公正な株式価額を検討するに、本件のように取引相場のない株式の評価については、一般に、純資産方式、収益還元方式、配当還元方式および類似業種比準方式の各方式が考えられるところ、これらのうち、どの方式を採用すべきかは、その評価の目的が、商法二八〇条の二第二項の「特に有利なる発行価額」かどうかの判定に資するものであるから、当該会社の性質、規模等の具体的事情、株式引受人たる第三者の具体的事情および業界の経済動向等諸般の事情を考慮して決定すべきものである。しかして、本件新株発行は、申請外会社の資本参加を主たる目的とするものであること、債務者に、協同組合的性格を有し、株主の大部分は債務者と顧客の関係にあること、債務者と同業種、同規模の上場会社も存在せず、比準方式にもよりえないことなどからして、旧株主保護のためには、純資産方式を基礎に決定すべきものと解される。

しかして、右純資産方式により算定すると、昭和五〇年七月三一日当時における債務者の株式評価額は、八七一円八一銭、昭和五一年三月三一日現在におけるそれは、九七九円六四銭となる。

ところで、新株発行が行われると、通常、株式の市場価額は値下りの傾向をたどるため、新株発行に際しては、通常、時価を一割ないし一割五分下回る価額をもって発行価額と定めることが取引界の通例であり、さらに、新株発行が、特定の相手方との間の企業提携の方法として行われる場合には、一般の投資を求める場合と異なり、新株の発行を成功させるため、引受先との間で、予め引受価額を含む新株発行の条件について協議し、その承諾を得なければならず、この点で、いわば相対の取引に類する面を有することになるので、このような引受先との交渉を通じて決定合意された引受価額は、通常、当該企業の客観的価値の反映とも見うるものであるから、新株発行価額と旧株式の時価との間にある程度の差額が生じても、それが取引通念上特に不合理なものと認められない限りは、これをもって、直ちに不公正な価額ということはできないというべきである。

しかして、本件引受価額五八〇円は、前記の経緯をもって、債務者と申請外会社との交渉を通じて決定されたものであり、また極くわずかな例であるにしても、債務者の株式が一株あたり五〇〇円ないし五五〇円で譲渡された事例があること前記認定のとおりであり、さらに、疎明によれば、本件新株発行に賛同し、あるいは既に新株引受の申込書を提出ずみの株主の保有株式数が総株式数のほゞ四分の三にあたる五万七、四四八株にのぼっていることが認められ、以上の諸点を総合すると、本件新株発行価額五八〇円は、債務者における公正な株式評価額に比較し、低額であるにしてもその程度は軽微であって、これをもって、直ちに「特に有利なる価額」と断定することはできないといわなければならない。

三  してみると、その余の点を判断するまでもなく、債権者の本件申請は理由がなく、失当であるからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 塩田駿一 裁判官 三宮康信 窪田もとむ)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例